子供がいれば、夫を無視して暮らしても衰の座がゆらぐことは決してないというような態度は、妻にとっても決してよい結果にならない。同じことが男性にも言える。裂には子供がいるから、仕事やその他の遊びのために、姿をほっておいても大丈夫と思っている夫もいるのではないだろうか。子供がいない夫婦は、老後は誰も見てくれる人がいるわけではないから、頼りになるのは夫だけ〈妻だけ〉とよく言う人がいる。しかし、子供がいる人でも、子供たちは育ち、やがては出会い系 アプリ を巣立って自分の新しい家庭を築いていく。子供には子供の人生があるのだから、夫婦での支え合い、助け合いを上手に育てておかなくては、高齢になってからでは、なかなかうまくいくものではない。夫婦は互いに年を重ねることによって愛の年輸を積みたいものである。夫婦で楽しむ趣味ゴルフはしなくても、ゴルフ場へ「年をとったら夫婦で同じ趣味を持つように、お互いに歩み寄らなくては:::」と、他人には言っているのに、私自身はどうなのだろうと思い出したのは、三、四年前のことだった。夫が定年後も続けるだろうと思われる趣味はゴルフである。夫はとても生き生きと、しかもあまり無理せずに楽しんでいる。七、八年前、体を悪くした時、医者の忠告で歩くのが最もよいとのことで、暑さ然、さの厳しいとき以外は、ゴルフは最もよいスポーツと勧められた。それ以来、週末に一回は行くように心掛けている。夫のゴルフのよい点は、仕事がらみがあまりなくて、友人とか、兄弟で誘い合って行く。大雨の降る中ですることもないし、朝早くから夜遅くまでということもない。それに、マイペースで突に楽しそうにやっている。やたらにくやしがったり、スコアを上げるために無理な練習を自分に課したりしない。下手な人と一緒に回って嫌味を言うタイプではない。だから、夫の趣味に合わせるとしたらゴルフなのである。そんなわけで、「ゴルフをしよう」と思い立ってもう二年以上になるのに、いっかな腰が上がらない。夫の兄からとてもいいコチも紹介されているのにである。夫はもちろん今からでもつき合ってあげるからと強く勧めてくれる。それなのになかなかする気にならない。根本的な原因は、私のスポーツ嫌いなのである。何だかんだと自分に言い訳をして延ばしたあげく一つのよい妥協策を思いついた。夫が運転してゴルフヘ行くときに一緒に車に乗って行く。そして、ゴルフ場のクラブハウ九のロビーやコーヒーショップで、本を読んだり原稿をおくことにした。

幸い夫はドライブが好きで、ゴルフ場へ行く往復に私は夫の横でしゃべったり、時には居眠りをしたりして休養する。夫と昼食を食べて、午後また二時間余り仕事をすると、私の時間の使い方としても無駄が少なく、その上りラック九できる。夫も一人で運転をしていくよりはいいと言ってくれている。夫は音楽を聴くのも大好きである。二人でクラシックのコンサートに行ったり、好きな曲のテープやを見つけて買ってくると喜んでくれる。しかし、聴くだけでなく、夫と何でもいいから一緒に弾くものがあればと思っていた。私は、少しピアノが郵けるので、夫がチエロでもやってくれれば本当にいいのだがなどと勝手に考えても、サラリーマの夫には練習を始める時間が、4山一・0phそこで、この聞から、私はレコーダーを習おうかと思い出した。小学生がよく練習しているあの簡単に音の出る笛である。カラオケで歌うのを強制されるときでも、笛でごまかせる。楽器が小さいから、どこへでも持っていける。そして更にやる気になったのは、いい先生が見つかったことと、このレコーダーが背からある楽器なので、古い楽しい小品が沢山あるということだ。それを言い出したら、夫は私が習ってきたことを孫習いをすると言い出してくれた。もしも、夫がその気になってくれれば、二人で合奏して楽しめる。夫は楽譜を読むことができるし、第一、夫は器用な人で、何でもする気になればある程度のレベルにすぐなれる。だから一緒に楽しむことができるだろう:::と考えるのは私の都合である。私自身がゴルフを勧められているのに、「冬の寒さが過ぎてから:::」とか「仕事が立てこんでいるから:::」と理屈をつけて延ばして、なかなかコチについて習おうとしない。それなのに、他方では、新しくレコーダーを習おうとし、その上、夫にまで勧めようと企んでいるのである。というわけで、わが家の方は、時間をかけて、お互いに歩み寄るのを待たなくてはならない状態にある。私も、健康にいいことが分かっているだけにゴルフをすることを考えようと思っているし、レコーダーの笛の練習に対して、夫が「よくやるね」とか「音が出てきて、この前よりずっと上手になったよ」と励ましてくれるというのが現状である。いつかは、二人でグリ1γをまわり、小さな演奏会ができるかもしれない。夫が歌い妻は伴奏周りの友人を見ると、二人で同じ趣味をすることをあきらめている夫婦が多い。その大部分の人は夫の仕事が忙し過ぎるとか、夫婦の好みが完全に違うという理由である。

この前わが家のパーティーに来て下さった、朝日新聞社の大熊夫妻には、ただただ感心するばかりである。夫の一夫さんは現在、週刊紙の記者であり、実践タイプで、たとえば精神病院のルポをするということになると、自分が患者を装って入院してしまうというような思い切ったこともやってしまう。その上、週刊紙の記者は、どこの会社でも超人的に忙しい。一週間ごとの〆切りで、何が起ころうとも、半頁でも白紙で出すわけにはいかないし、発行の日を変えるわけにはいかないから、三日徹夜ということもあるらしい。他方、妻の由紀子さんは朝日新聞のベテラン記者で社説を書く論説委員の一人なのである。その上、大学生の娘さんもおられるとか。わが家のパーティーの席上、夫の一夫さんは素晴らしいテノールで歌を歌い、妻の由紀子さんは、慣れた手つきでソフトにピアノ伴奏をした。それは、ちょっと練習しての付け焼き刃というのではなく、週に一回や二回は、二人で合わせて楽しんでいらっしゃるとすぐ分かる。呼吸も合っているが、音楽のレベルも、アマチュアとしては相当のものなのである。話を聞くと、大熊家には、お手伝いさんも、家事をしてくれる人もいないようで、夫の一夫さんは料理をはじめ、家事も当然のようにしていらっしゃるという。棄の由紀子さんは、半分友達のように、半分は愛らしい妻の風情でにこにこしながら夫に合わせている。夫婦で一緒にする趣味がもてない理由に「忙しいから」というのは、何の言い訳にもならないことが、大熊さん夫妻にお会いしてよく分かった。思い出は夫婦の財産私があるのは、夫のお陰「昔、ね、銀座のチaリーなんでいわれて、ちょっとツッパッていたことがあるんですよ」六十歳を少し過ぎているはずなのに、何となく女性の香りが、今なおやわらかく体を包んでいるような細谷さんが、あるとき私にポツリと言った。彼女の名前がさくらということからその名前が付いたのであるう。母親が早く亡くなって、彼女は父親の手で育てられた。父親は商売を手広くやっていて、お金に不自由はなかったが、その反面、家庭的な雰囲気を娘のために作ることは難しかったのだろう。彼女が父親に反発し、やけになっていたとき、現在の夫と出会った。彼はそんな彼女の本当の心を見故いて、お互いに愛しはじめ、彼女は立ち直ることができた。「だから:::ね。今、仕事もとても面白いけれど、夫が定年になって家にいることが多いので、二人の時間を大切にしたいの」二人の子供もすでに結婚してそれぞれ家庭を持って暮らしている。

細谷さん夫婦は、下町の使利な場所にあるマションに暮らして、その同じマンションの一階にプティクの店を持っている。彼女は仕入れや、ファッショγショーを見に行ったりで外出も多い。今は時間が充分ある夫との問を上手につなぐために、細谷さんは仕事と家庭を両立に忙しく立ち廻っている。「でもね。私は夫のお陰で立ち直り、今の自分があるんです。どんなに忙しくても大切にしなくちゃ:::」プティ1クの店をしているだけに、落ち着いたセγλの良い服を着て、女の目からも魅力的な彼女は、背筋をスッと伸ばし、年寄りくさいところは少しもない。その言葉を聞いたとき、女として私は彼女にほれ直した気持ちであった。何十年前の愛のなれそめなど忘れてしまう人が多いのに、夫が足手まといになっている状態をこぼさない。それどころか逆に夫への愛を口に出来るのは、彼女の夫も彼女も共に、これまでの何十年を愛情豊かに暮らしてきたからであろう。出会いでは愛し、愛されても、年輸を重ねていけば、人間の暮らしにはいろいろなことが起こる。経済的な危機もあれば、家族の中に病人も出る。その悪い状態が何年も続くこともある。そうでなくても、夫の仕事が、うまくいかなかったり、職場の上司と合わなくて不愉快な毎日を過ごすこともある。理屈では、夫婦が愛の紳でしっかり結びつき、二人で支え合えば、どんな困難も乗り越えられると分かっている。しかし、うまくいかないときは、いやなことがいくつも重なり、それに押しつぶされることもある。それはそれで、仕方がないことかもしれない。世の中には、離婚したり、そうしないまでも心がすっかり離れてしまっている夫婦も沢山いる。だが、何年か何十年か夫婦として生活していながら、この人と二人でやっていこうと心に決めたときの熱い思いをずっと忘れないで持ち統けていくには大変な努力がいるのではないか。努力していることを夫に気付かれないようにしている細谷さんは何と素晴らしい人だろう。最も必要な人は夫外国から日本に来ている何人かの友人と、何かの折に夫婦のなれそめの話になったことがあった。イタリアの友人が一吉った。「私は、彼を愛しているし、今、東京にいるときは、私は仕事をしていないし、夫の仕事は特に複雑で大変なようなので、朝は、なるべくギリギリまで寝ていてもらうの。そして、毎朝、彼の好きなものを入れた朝ごはんを用意してベッドに持っていくの」彼女の夫は、なかなかのハγサムで、私たちにも細やかな神経を使ってくれる紳士である。

他人にはいつも細かな気配りをする人でも、家の中で妻に対しては我儲が出るらしい。その一つの例を話してくれた。彼女が夫の背広をグPI--γグに出すとそのときに限って、その背広をどうしても着たい、とグズグズ文句を言うのだそうである。そんな彼をいやだと思うけど、私は彼を愛しているのだし、彼だってそのときは、私に何となく当たっているだけで、私への愛が薄らいだわけではないので、耳をふさいだ気持ちでいるのだと話してくれた。「外国で暮らすのは、私にも只トレスがかかるけれど、仕事をしている夫は、もっとストレスが多いはず:::。できるだけ、リラック九させてあげたいから喧嘩にならないように知らん顔しているの」私も夫がカナダで駐在員をしているときの経験があるが、私自身も九トレスがあっただけに、夫の大変さをこんな気持ちで分かってあげることができなかった、と彼女の話を聞きながら反省した。またイラクの友人が言った。「娘たちが大学生の年になって、私たち夫婦も中年を過ぎると、子供たちの世話に追われていたときと違って、私には、若いときよりも夫が必要だし、夫も私が本当に必要な年になったとしみじみ思います」彼女たちの話を聞きながら「最も愛し、最も必要な人は夫」と他人にも言い、そして「夫にも私が必要なのです」と言い切れる生活を私はしているだろうかと、もう一度考え、そう一雪?える毎日の暮らし方をしなければと思った。デンマグの友人は、夫とは、小学校からの同級生で、十六歳のとき、彼が未来の夢を諮り、「僕の夢を実現するために一緒に歩んでくれないか」と言われ、それ以来二人でそれぞれの生き方を助け合って来ている。あるときは、夫と共に、アフリカの奥地に入りこんだ。そしてそこで子供を生んだこともある。彼女が看護婦であるために、ある時期は彼女の収入が家を支えたこともあるし、それが夫の仕事に大きな助けになったこともある。これからもしばらくは、デγマーグに落ち着いて住めないと覚悟している。「私たちは、愛に結ぼれているというより、お互いになしではいられない夫婦なのね」と言いながら、彼女は夫が出張先で買ってきたブラウスをうれしそうに私に見せてくれた。あるとき私は、そんな友人たちに聞いた。「欧米の人たちは、夫婦で甘い言葉を交わしているけれど、夫婦の聞でトラブルはないの」途端に、外国の友人たちは一斉に言った。「夫婦はどこでも同じ。いろいろな事件が二人の聞に起こらない夫婦はいません。

離婚する人としない人は紙一貫の違いです」愛の年輪を紡ぐ愛を紡ぐ年輪今、人生八十年、結婚五十年時代を迎え、夫婦の時間は昔の倍も長くなった。人生五十年時代には、子育てが夫婦に課せられた役割であった。しかし、今は、子育てのあと三十年もの長い夫婦の歳月がある。夫は仕事、妥は家事、育児という役割主義では生きられない時代になった。高齢化時代を夫婦共々・幸せに生きる鍵は、平凡なことのようだが、やはり、お互いの思いやりではなかろうかと私は考えている。互いに育ち合い、支え合い磨き合ってこそ、夫婦という名の紳を深めることができるのではないだろうか。今も、そして過去のほとんどのときも、私は幸せだったと思っている。しかし、人聞は、結局は一人で、孤独に死んでいかなくてはならない存在であると自分に言いきかせているつもりである。たとえば、今まで、仲よくし、親切にして下さった友人でも、私が困って泣きつきにいったと「ごめんなさいね、南さん。今、家の方でいろいろあって何もしてあげられないの。またいつかできるときにね」と言われても、それは、友人が悪いのではない。人生には、そういう場合だって充分起こりうるのである。第一、病気で動けなければ、気持ちはあっても何もしてあげられないし、してもらえない。自分のつれあいについても同じである。いくら愛してくれていても、病気もすれば、死は等しく訪れる。それに、ちょとしたはずみで、「こんな女はいやだ」と思わない保障は一つもない。どんなに誠実な人でも、人間の気持ちはうつろいやすいもの、ふとしたきっかけで別の人を愛してしまうことだって「ない」とは断言できない。夫は、私のことを愛し始めたとき、損得の計算などは何もなく、理屈抜きに愛してくれた。その後も、自分が愛した以上は責任をもって愛し貫こうとしてくれているように思うときがたびたびある。他の男性だったら、こんなとき、怒り出すであろう、どこかへ飛び出していくだろう、と思える場合にも、許してくれた。だからといって、未来に何も起こらないとは誰も断言はできない。夫は、叩いたり、物を投げたりとか、暴力を振うことは一度もなかったし、これからも決してきない人だと思う。それだけに、心の片隅に、耐える気持ちがつみ重なって、それが、いつか大きくなって爆発しないとも限らない。私はしたいことをして、幸せに生きてきたし、困ったことがあれば、夫に相談すれば何とかなってきた。